有限会社ホームケア野川

積極的な神頼み

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積極的な神頼み

積極的な神頼み

2025/08/15

おはようございます!

今日は戦後80年の終戦記念日ですね。

利用者の方々にはまだ多くその1945年8月15日を、その時迎えられた方もいます。

終戦と言っても敗戦ですから、その後皆さんに並々ならぬ苦労があったことを考えると、今ケアマネージャーとして担当させていただいている立場としては身が引き締まる思いがします。

 

お盆になりました。

お盆とは、正式には「盂蘭盆会(うらぼんえ)」を略した言葉とされています。
盂蘭盆会は、その昔、お釈迦様の弟子が、亡き母を救う話に由来しています。

母は、子を溺愛するあまり周囲の不幸に無関心だったことが原因で、餓鬼道に落ちて逆さ吊りにされ、食べるもの飲むもの全てが火となり飢えと渇きに苦しんでいました。

弟子は苦しむ母の姿を目にしてお釈迦様に相談したところ「夏の修行を終えた7月15日に僧侶たちを招き、供物をささげて供養するとよい」という教えを受けます。
これに従って供養したところ、弟子の母は極楽往生を遂げたと言われています。

 

このように仏教の伝来によって取り入れられた風習ですが、日本各地には古来から夏時期には祖霊を祀る習慣があったとも言われています。

こうした日本古来の風習と仏教の考えが混ざり合った結果、現在の日本におけるお盆は、家族や一族が集まり、ご先祖様や故人様を偲び供養する行事として定着しました。

日本にお盆が伝わったのは7世紀頃とされ、当初は朝廷が営む供養として位置づけられており、実際に民間に普及し始めたのは鎌倉時代に入ってからとされています。

その後、室町時代には「送り火」の風習が現れ、江戸時代に入ると庶民に定着し、僧侶が家々を回って棚経をあげるようになりました。

長くなりましたが、それが「お盆」です。

 

祖父が熱心な仏教徒だったので私が子供の時よく言われました。

「池端家の仏壇を守ってほしい。仏壇にお線香をあげてほしい。」と。

私は実家に行くとまず必ず仏壇にお線香をあげて拝みます。

 

そういう祖父の影響か私はお参りが好きです。

池端家は静岡のお寺の檀家になっているので仏教徒だとは思うのですが、私は宗教的には節操がないです。

近所の神社もよく行くし、京都のお寺巡りもするし伊勢神宮もバチカン市国のサン・ピエトロ大聖堂も行きました。

気になるとバイクをわざわざ止めて小さい祠にすらお参りすることもあります。

厄年の時も前厄本厄後厄の3年間もきっちり地元の神社でお祓いをしました。

毎年会社には神田明神でお札をもらって貼っています。

とにかく、時々自分でも驚くほどお参り好きです。

 

それと関係があるかは分かりませんが、私は人に比べておそらく「直感」が鋭いです。

運がいいと思います。

残念ながらテストの2択や3択は直感ではわからないのですが、生活していて「なんとなく危険な気がする。」とか「こうしておいてよかった。」などと感じる時がかなり多々あります。

逆にこの直感があまり働かなかったら...死んでいるか会社が破綻しているか、きっと苦しい展開になっていたでしょう。

 

こういうのは運や直感だと思うのですが、それの基になるのは何かの神様仏様なんじゃないかなと私は思います。

お参り大好きで足繁く通ってくる私は、神様仏様からしたらかわいいやつだと思いますし有利かもしれません。

 

ケアマネの仕事はエビデンスがない選択をする場面(本来はエビデンス・根拠が無くてはいけないけど、人間の選択って必ずしも根拠や裏付け通りではないですよね...。)あります。

そこで、大丈夫かどうかの判断の場面で私の直感の良さは有利に働くことが多く、役立っているように思います。

「判断できない!けどやってみましょう(やめておいたほうがいいと思います。)!※直感で」と言うことは多いです。

経営の判断も悩んだ末は直感で好きか嫌いか、やりたいかやりたくないかです。

 

知識や経験など実力だけでどうしようもないときあると思います。

そういう時どうするか‥私は「積極的な神頼み」をします。

積極的とはいっても神社を参ったり、お札を買ったりするくらいですが...。

何が普通と違うかと言えば、「そういう時期(例:初詣、七五三)だから」とか、「近くを通ったから」、とか「観光名所だから」ではないことです。

まるで市役所に住民票をもらいにでも行くようにわざわざ神社に行きます。

必要性があるような積極さをもってお参りをします。

これを私は「積極的な神頼み」と自分で呼んでいます。

 

私たちケアマネージャーの利用者は高齢な方や病気の方がほとんどなので、日々生死がかかる場面に直面します。

ケアマネが頑張ってやるべきことをやって、私がよく直感を働かせたとしたとしても、人間であればいつか必ず悪化して死んでしまう。

これは人間の必然です。

悪化の末の生き死には、その方の天命や生命力や運に賭けるしかなくなってしまう。

自分を含めもう周りが何もやれなくなった時、私は少し足を延ばしてどこかで「積極的な神頼み」をしています。

唯一でできるのが、もう神頼みしかないと思うことは結構あります。

最近もありました。

知人の病気、長く担当している利用者の回復...神社やお寺にわざわざ行きました。

「ケママネとしてやれることがなくなって神頼みでいいのか?」と聞かれたとしたら、これはケアマネというより一人の人間としての行動と言います。

人知を超えるものも世の中にはあると思います。

 

あまり目に見えないものの話を公式のブログで語るのは良くないかもしれませんね。

何となく最近そう思うことが多いのと、お盆の時期なのでお許しください。

会社に特定の宗教色があるのはあまりよくない(そもそも節操のない宗教感の私ですが)とは思いますが。

 

会社の玄関に張っていたお札が風で飛んで行ってしまったので、一昨日深大寺に行きお札をもらってきました。

「お札が無い!!」と気づいた時から何となく不安でした。

深大寺の名物?「元三大師」のお札です。

お盆だから深大寺も参道のお蕎麦屋さん群も混んでいました。

外国の方も結構来ていてさすが調布最大の観光資源の深大寺、と感心しました。

鬼灯(ほおずき)で飾られた招福門は夏らしくて素敵でした。

 

文:池端祥一郎

 

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