9月になりました
2025/09/05
おはようございます。
9月になりました。
今日は台風ですが、まだまだ涼しくなる気配なんてありませんね。
私は逆に、当分暑いことを予測しポロシャツを買い足しました。
いつも仕事では黒いポロシャツを着ているんですが、4月半ばから使い倒しているとだんだん色が抜けて茶色っぽくなってみすぼらしくなってくるんです。
社長がみすぼらしいんじゃ信用に関りますから、9月1日に思い切って2着追加しました。
日本の気候が変わってきたことを実感します。
先日ふとした時に、ある言葉が目に入りました。
「やまとうたは 人の心を 種として 万(よろず)の言の葉とぞ なれりける」
「古今和歌集」の選者で「土佐日記」を書いた平安時代前期の貴族・歌人の紀貫之(きのつらゆき)の言葉です。
「和歌は人の心を種として、それが様々な言葉となったものである」という意味です。
これをみた時に心の中に涼しい風が吹いたような感じがしました。
いい言葉って心を癒すなぁと思いました。
暑くて死ぬ、とかぼやいていたんですが途端に元気が出ました。
半面、危惧することがあります。
人ではないAIが言葉を作ったら...。
最近、仕事でメールを作成するときなどAIに編集してもらうと、とても丁寧な感じのメールが出来上がります。
逆におそらくAIに編集してもらったであろう丁寧な言葉のメールが毎日送られてきます。
なんだかその丁寧なやり取りをしてると「疲れるなぁ。」と感じることがあります。
それは人間が作っていない言葉だからじゃないでしょうか。
和歌だけでなく文章も人の心が種になっているはずです。
AIには心がないから、種のない文章は形骸のようなものになっていると思います。
どんなに丁寧であっても礼を尽くされた感じがしない。
そのAIを通じたやりとりは、まるで毎日ジャンクフードを食べているような疲れを感じます。
※私はジャンクフードも嫌いじゃないけど毎日は嫌。
これは私がちょっと前から感じていた疲れで、半年くらい前からあえて以前読んだことがある本(内容の良い本)を出してきて読んだりする時間を持っていました。
休日の朝とか夕方に数時間単位で読みます。
気になった部分は声に出して読んでみたり。
ジャンクフード的な文章と違うからか私は心が癒されます。
これは私の考えすぎなんですかね。
私はケアマネージャーの仕事をするのに、利用者のアセスメントをして、ストレングスを取り、その方に最も合うと心から思える提案をして、魂を込めてケアプランを作っています。
それはどんなに忙しくても。できうる限り。
仮に30年後、76歳で何かしらの理由で要介護になった私が、人間のケアマネージャーではなく、AIが秒で作るケアプランでデイサービスに週3回行かなくてはいけなくなったら絶対嫌だな。
AIの進化自体は好意的に捉えてたけど、頼りすぎて味気ない人生になるのは問題あると思いました。
なんとも形容し難い危惧を感じます。
ちなみに、心を癒す言葉を30字でAIに作ってもらったら...
「無理しなくていいよ。君の歩幅で、ゆっくり進めばいい。」
「小さな芽も、光を浴びて大きく育つんだ。」
「雲の向こうは、いつも青空が待っている。」
「君がいるだけで、世界は少し優しくなる。」
「触れたぬくもりが、心に春を運んでくれる。」
AIはあらゆるパターンでいくらでも教えてくれます。
でもちょっと恥ずかしいかも。
低めの声で誰かに囁いてみようかな。
いや無理だ、きっとなんかのハラスメントだと思われてしまう。
それにしても紀貫之はすごい。
1000年以上後の人の心に沁みる言葉を作るってすばらしいです。
つまり物事の本質は今も昔も変わらないということですね。
写真はホームケア野川のベランダで育てている唐辛子です。
赤がなんとも美しい!
何に利用するかこれから考えますが収穫楽しみです。
文:池端祥一郎
求人 調布 三鷹 ケアマネージャー 介護支援専門員


