theoryどおりにはなりません
2025/09/12
おはようございます。
昨日はものすごい雨だったので、朝の気温がひんやりとしています。
雨はひどくて大田区ではお亡くなりになった方もいたそうです。
哀悼の意を表します。
河川が氾濫し大きな被害を受けられた方もいるというニュースが流れていました。
災害に対してはどんなに注意してもしすぎることはないと思い知らされます。
今日はちょっとケアマネ向けの話かもしれません。
私は管理者をしていて職員のケアマネージャーからよく相談・報告を受けていて思うことがあります。
職員の心理も理解できます。
・報告は入れておきたい。
・難しいケースであることを管理者に理解しておいてもらいたい。
この辺りは理解できるので、私は忙しくても職員の話を最優先に聞くようにはしています。
職員からはよくあるのがこういう文脈の相談です。
「(悪い状況で)〇〇するべきなのに〇〇できない。」
具体的にすると
①「転倒が多く危険なので家での生活は限界が来ています。それなのに利用者Aさんは入所は考えず家にいたいと言うんです。どうしたらいいでしょうか?」
②「認知症がひどくて家にいると認知症が進んでしまうと思います。ご家族はそれでも費用が高いから、とデイに週1回しか通わせてくれません。」
両方とも「〇〇するべきなのに〇〇できない。」という話です。
私たちケアマネージャーは、何年か働くとうまくいく知識・経験が蓄積されます。
①なら、在宅生活には限界があって限界まで来たら老人ホームなどに入所したほうが暮らしやすくて幸せ(かもしれない)。
②なら、認知症の方は刺激が少ないと認知症の症状が進むから多めにデイサービスなどに行ったほうがいい(かもしれない)。
こういうセオリー(theory:理論)がいくつもできてきます。
常に誰に対しても普遍的に正しい解答は存在しないのであくまで「かもしれない」の域を出ませんが、過去にうまくいった経験はセオリーとして蓄積されます。
そのセオリーに乗ってくれる方はやりやすいです。
こちらが考える最善を提示できます。
ところが逆にセオリーにあわない判断をされたとき、「〇〇するべきなのに〇〇できない。」状態になりケアマネが困惑する場面があります。
我々のように元気な人でもそうでセオリー通りではないと混乱したり困るときはありますよね。
例えば、料理で分量も手順も守ったのに味が薄くてイマイチとか、電車で時刻表通りに計画したのに一本の遅延で全てが狂い目的地にたどり着けないとか。
正しいやり方でやっているのに「なぜ!?」ってなります。
ケアマネも一緒でやはり「なぜ!?」と困惑します。
この手の相談を受けると、私はあえて「それは普通じゃないですか?」と答えます。
それには、まず背景を考えることが大切です。
①なら、実は...家族と一緒に住んだ家にいつまでもいたい。とか、他人がいる場所が嫌い。とかだったら老人ホーム入所は嫌ですよね。
②ならば、他人といるのが嫌い。とか、デイサービスが何かわからなくて得体が知れないと思っている。とかです。
こういう背景が押さえられたら、そんなに利用者のセオリーと合わない選択も不思議ではないと思えます。
次に、人間はセオリーだけで動いていない、という事実です。
ダイエットしているのに無性にコロッケが食べたくなっちゃって2個も食べちゃったとか、やらなくてはいけないことがあるのにスマホでずっとYouTubeをみていたとか。
こういうセオリーと合わない行動はいくらでもあるのではないでしょうか?
セオリーにあわない行動するのが人間の性です。
歴史を見ればいくらでも人間のダメなエピソードが出てきます。
人類がいくら平和を唱えても、人類は平和になっていないですよね。
3つ目に言えるのは、人のセオリー自体がそれぞれ違うことです。
その人の人生や体験によって、うまくいくセオリーは違います。
例えば、高圧的に接していたら相手が怖れて言うことを聞いてくれる、というセオリーで生きていた人は、その後の人生もそうしがちです。
これは私からすると本当に嫌なセオリーなんですが、そう生きてきたんで仕方ないです。
私なら「そーなんですね。よくわかりました。」とただ聞くようにします。
それによって残念ながら利用者の選択肢は狭まるかもしれません。
でも、私が困ることはありません。
困るのは本人でそれも本人の選択ですので良しとします。
※ただし利用者本人と家族の意向が違った場合は難しいです。これは長くなるのでそのうち書きます。
最後に、要介護を認定を受ける方は、そんなに余裕・余力がないということです。
体が不調かもしれないし、認知症があるかもしれない。
そういう良くない状況の時、理詰めでセオリー通り動けないのは当然・普通です。
もちろん、素晴らしく自分を律して常に正しいと思われる判断をされる方もいます、が少数だと思います。
例えば、お酒を飲みすぎて酔った時、おかしな発言をしてしまうことはあるかもしれない。
それは、酔っていて判断が悪い=良くない状況にあるからです。※もちろん許されざる発言や行動も存在しますが。
余力がない時、人間はしばしば正しくない判断をしてしまうものです。
つまり、利用者がケアマネージャーのセオリー通りでない判断をする時は、
・何らかの背景があって
・そもそも人間はそもそもセオリー通りではなくて
・人それぞれ個別のセオリーがあり
・余力がない状況にある
と考えれば、こちらが普通ではない判断だと思えることも利用者にとっては「普通のこと」なんです。
セオリー通りでない意見にただ反対するのではなく、ちょうどいい着地点に導くのがケアマネージャーの腕だと思います。
写真は会社のベランダから見た雨上がりの夕方です。
昨日の集中豪雨ではなく先週の台風の過ぎた後ですが、夏の雨上がりの時間が私は好きです。
文:池端祥一郎
求人 ケアマネ 介護支援専門員 調布 三鷹


