『劇場版「鬼滅の刃」無限城編』第一章 猗窩座再来』感想
2025/10/11
おはようございます。
雨の連休です。
半袖で出社しましたがさすがにちょっと寒いかも。
連休なので少し気楽な題材で書かせてもらいます。
※ちなみにこのブログ、時間がある時に書いていて(待ち時間とか電車の中、整骨院の電流中など)最後パソコンで加工してアップしています。
仕事中にこんな事ばかり書いているわけではありません。悪しからず。
先日『劇場版「鬼滅の刃」無限城編』第一章 猗窩座再来』を2回目の再来しました。
私が「鬼滅の刃」が好きなのはこのブログでの度重なる引用から完全にばれていると思いますが、なぜ1回目に見たとき書かなかったかと言えば忙しかったからです。
あの頃忙しくて書きたくても書けなかったんです。
7月公開当初に行ったときは、もうなんと言っていいかわからないけど絶対もう一回行きたい!と思いました。
同じ映画を映画館で2度みたのは人生初めてです。
1回目に見たときは「すごい!」「どのエピソードまでやるんだろう?」「どういう終わり方をするんだろう?」「(放映時間が)長い・お尻が痛い」などの感想を持って観ていました。
私は文句なしの大満足で観た日から数日は鬼滅のことばかり考えていたくらいでした。
2回目は、1回目である程度理解ができていたため内容をより理解しながら観ることができました。
心に残った言葉がありました。
1つ目は主人公の炭治郎の父の炭十郎(画像の痩せた男の人)の言葉です。
父・炭十郎は病弱ですが、家に伝わる「ヒノカミ神楽」という神楽を大晦日に年に1回舞います。
神楽を一晩中舞わねばならず、それは継承者にとって非常に苦しい、大変な夜になります。
長男の炭治郎に神楽について質問された時、炭十郎は
「神楽が辛いと思ったことはない。
習ったばかりのころは今より若く健康であったのに息も絶え絶えになってつらかった。
単純に無駄な動きが多かったんだと思う。
大切なのは正しい呼吸と正しい動き。
最小限の動作で最大限の力を出すことなんだ。」
私はこの言葉が心に刺さりました。
ゴルフもそうだと思いました。
ラウンドの期間がたまたま空いたため私はゴルフのフォーム改造をしていて、その際「無駄に力が入っている」「無駄な動きがある」と言われました。
私はゴルフでは、クラブを大きく速く振ることが大切と考えていました。
これは小説「竜馬がゆく」で竜馬が農民に剣を教える際に、
「剣は大きく速く振れ」ということを言っていた(曖昧ですが)記憶があり、ゴルフも剣も長い道具を使う上で同様の心がけだと思っていたからです。
大きく速く振れば大きなパワーが生じ、剣ならばより打撃力が大きくなり、ゴルフならボールがより遠くに飛ぶのは道理です。
遠くに飛ぶということはそれだけカップに近づくので有利になる、というロジックに誤りはないはずです。
しかしゴルフにおいて真っ直ぐに飛ばない打球は失敗でしかないです。
ゴルフは飛距離を競うものではなく正確性が求められる競技です。
正確でなければティーショットから数百メートル先の108mmのカップにボールを入れられないからです。
そのために必要なのは父・炭十郎の教えで
「正しい動きをして最小限の動きで最大限の力を出す」必要があります。
これを練習したところ、コースでも打球が曲がることが減りました。
これはゴルフ以外でも芯をついた言葉だと思います。
仕事や趣味などもあまり力が入りすぎるとよくないですよね。
抜くところは抜かないといずれ燃え尽きてしまいます。
2つ目は今作最大の敵の猗窩座(鬼・画像の刺青の鬼)に対する主人公・炭治郎の答えです
猗窩座(あかざ)は言います。
「弱者には虫唾が走る。淘汰されるのは自然の摂理に他ならない。」
こういう考えを持つ人は実際にいます。
仕事などおいて弱者(仕事ができない人)が足を引っ張ると。
私も以前はそういうタイプでした。
仕事ができない同僚が嫌いでした。
「なんで仕事ができないあいつのは分まで俺が頑張らないといけないんだ?」という文脈です。
スポーツ競技などでも当てはまると思います。
それはそうで、資本主義の社会は強きものが勝ち弱きものが搾取されがちな構造です。
しかし、劇中主人公の炭治郎はそれを完全に論破しました。
炭治郎は猗窩座(あかざ)に
「お前が言っていることは全部間違っている。お前が今そこにいることがいることがその証明だよ。
生まれたときは誰もが弱い赤子だ。誰かに助けてもらわないと生きられない。」
論破された猗窩座は静かな怒りを持つことしかできませんでした。
弱肉強食が世の中の理のすべてだったら人類は赤子のうちに殺されて絶えてしまいますよね。
私はそのような弱肉強食を元にした意見を言われたら炭治郎のように答えようと思いました。
「あなたにも仕事ができないときがあったでしょ。その時は先輩や同僚の誰かが助けてくれたんですよ。」と。
弱肉強食は動物の世界にはあっても人間の世界にはあってはならない考えです。
鬼滅の刃の大ヒットには、このような普遍的な考えがいくつも描かれているからだと思います。
仲間の鬼の愈史郎が獪岳(鬼)が消滅するときに言った言葉も好きです。
「人に与えない者はいずれ人から何も貰えなくなる。
欲しがるばかりの奴は結局 何も持ってないのと同じ。
自分では何も生み出せないから。独りで死ぬのは惨めだな。」
人に腹が立った時にはっきりそう言ってやりたい言葉です。
できれば自分は人に与える者でありたい、と思います。
と、心に刺さった言葉や魅力を語るとほんとうにキリがないです。
お好きな方は考察動画とかを見まくるといいと思います。
実績は物語っていて、「千と千尋の神隠し」ですら今作に興行収入でついに抜かれました。
公開に24年の隔たりがあり、興行収入が作品の質の高さを表す全てではないですが、「千と千尋」すら興行収入で抜いたのには、そのような人が生きていて普遍的に思ったり感じたりして心に刺さるメッセージが描かれているからだと思います。
今日は鬼滅のことしか書いていないけど、感想なので悪しからず。
こういう日もあります。
ケアマネの話も今度書きます!
文:池端祥一郎


