有限会社ホームケア野川

利用者の意向が絶対!だけではない?

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利用者の意向は「錦の御旗」か?

利用者の意向は「錦の御旗」か?

2025/10/04

おはようございます!

10月になりました。

朝晩だいぶ涼しくなってきましたね。

それでも10月も暑いらしく異常気象と言われています。

アニメ版の「新世紀エヴァンゲリオン」では気候変動で日本が常夏になり、一年中セミが鳴いていましたがそう遠くない未来のことかもしれません。

私は寒いのが嫌いなので常夏もそんなに嫌じゃないですが。

でもそうなると色々問題は起こるだろうからやっぱり四季があるほうがいいかな。

いつまでも四季のある日本であってほしいものです。

 

今日は「利用者の意向」の尊重についての話を書きます。

私はケアマネとしてはできていると思っているのですが、管理者として職員に伝えるのに苦慮・時々失敗することがある話です。

自分で考えをまとめる意味でも言語化してみたいと思い書きましたのでご興味ある方はお付き合いください。

 

当社では月1回のペースで事例検討会を社内で行っています。

今年からは私が2度目の主任ケアマネ研修で仕入れた事例検討方法を使い、民主的で質が高い事例検討会になりつつあります。

 

社内では私が最もケアマネの経験が長く、助言などをする際に言い方を誤ると「上から目線」「単なる指示」になってしまうのですごーく注意しています。

管理者の「上から目線」「単なる指示」は職員の成長の妨げになります。

最終的には職員が自分で考えて、腑に落ちて、実践することが成長の早道で、横から答えを教えるのは指導者としては全然ダメです。

 

私が助言する際に、特に注意すべきと思うことは利用者や家族の「意向」についてです。

この意向の扱いがとても難しいです。

 

私はケアマネジメントにおいて最も大切なのは、利用者や家族の「意向」だと思います。

日本国憲法において「個人の尊厳」が認められていて「思想および良心の自由」が保障されているからです。

 

利用者の意向は、これを外すと絶対ダメなもので、幕末の鳥羽伏見の戦いの「錦の御旗」、時代劇の水戸黄門の「印籠」、信長死後の清須会議の「織田三法師」のようなものだと思います。

1968年の鳥羽・伏見の戦いで幕臣が「なっ、なんと、あれは錦の御旗!錦の御旗に弓は引くことはできぬ。退却じゃー!」と言う絶対的な存在がケアマネジメントの場面においては利用者の意向です。

利用者の意向は公共の福祉に反さない限り認められるものです。

 

自分に置き換えてみると、自分の意向が守られない状況はかなり恐ろしいです。

人生の大きい選択の場面を想像し例示してみます。

・ずっと行きたいと憧れていたA大学と、日程の関係でとりあえず受けたB大学に合格したが、親からB大学に行けと言われた。

・スポーツカーが大好きで購入を検討したが家族の反対で軽ワゴン車を買うことになった。

・好きな街に夢のマイホームを持とうとしたら、転勤で完全に白紙になった。

ありそうと言えばありそうな話なんですが、どれもかなり嫌な状況ですよね。

 

事例検討会でも、何らかの障害があってそのため利用者の意向が守られなくて困っている、という場面が話題に出ることが多いです。

これに対して私の第一のアドバイスは「今一度、本人の意向を確認し(障害となる人と)共有すべき」という内容で話すのが普通です。

「奥さん、旦那さん(利用者本人)にきいてみたんですが実は〇〇と思っているそうですよ。」

と話すと「そうだったのね。なら夫の言うようにしましょう。」となることは多いです。

 

また事例検討をしてみると、ケアマネがそもそも意向の確認ができていないという結論になることもあります。

私「ご本人はどうしたいと思っていますか?」→ケアマネ「わかりません。」という状態。

それができていないことが事例検討でわかるのはすごく良いことです。

わかってないことがわかったということです。

次回に訪問した際に丁寧に利用者の意向を確認すればよいです。

 

意向をかなえられない何らかの障害があった場合も利用者の意向という「錦の御旗」を立てれば誰も逆らえません。

「ご本人はこう思っていますよ。」というのを伝えていくのがケアマネージャーの仕事だと思います。

 

ところが難しいのが、利用者の意向が良くない、と関係者やケアマネージャーが思える場合です。

利用者「寒いから家から出たくないのよねぇ。寝ているのが一番楽だわ。」

この利用者の気持ちは正論だしわかります。

寒い1月とかにデイサービスに出かけて行くより家にいたいのは普通の考えですよね。

 

しかしケアマネは思います。

ケアマネ「家に閉じこもると弱ってしまう。デイケアでのリハビリが必要だと思う。」

こう思うのもケアマネとして普通だし、ケアマネは利用者に悪化してほしくないと思うものです。

農家がおいしい野菜を消費者に届けたい、と思うのと同じです。

プロアスリートが勝ちたい、と思うのと同じです。

 

本人の意向とケアマネの考えが違うジレンマが起こるときです。

 

書いたように利用者の意向は絶対です。

しかし、この場合「寝かせておけばいいじゃん、利用者の意向なんだから。」とアドバイスをするのは私は違うと思います。

確かに高齢になって人が衰えてやがて死に至るのは自然の摂理です。

しかし、だから悪化してOK、と割り切るのならケアマネなんてやめたほうがいいと思います。

研鑽も努力もない。あまりにも無責任。あまりにも非情。

 

私なら、時間をかけ信頼を掴み、話を聞いてもらえるように努力します。

ケアプランにも盛り込んだりします。

「※デイケアで筋トレをすることで、日常生活に必要な筋力を維持できます。暖かくなったら利用を検討しましょう。」

こんな感じで書いて、私の考えを明確に利用者に伝えることもあります。

努力して信頼を掴み話を聞いてもらう。

それがこの場合の答えなのではないかな、と思います

 

書いてみれば私の考えもまとまるかと思って書いてみたのですがこの問題なかなか難しいです。

すごく微妙なんです。

匙加減が難しい。

利用者の意向は大事なんだけどそれだけではない。

 

全ては利用者の意向、と割り切ってしまうとケアマネは堕落してしまうと思います。

そういうケアマネも残念ながら見たことがあります。

「いいじゃん、利用者が望んでいるんだから。」という雰囲気のケアマネ。

私は全然良くないと思います。

それはただの無責任と無関心

野菜を出荷する農家が食べる人の健康を願わなかったら...

保育士が子供を慈しむことをせず物を扱うように扱ったら...そういう世の中になったら問題です。

 

意向は「錦の御旗」にあらず。

必要なら言いにくいこともうまく伝えるのがケアマネージャーのスキルだと思います。

最後に決定するのが利用者であればよいです。

 

まとめが難しいのですが、

 

・利用者の意向は絶対!

・なんだけどケアマネのいい方向に促していく努力は忘れてはならない。

 

というところでしょうか。

なんか今回、歯切れが悪くてすみません。

ちょっと矛盾のある答えですが、世の中には矛盾も多くあるものです。

 

文:池端祥一郎

 

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